昼間の夢でのはなし 2012.10.
風邪気味で体調がすぐれず、アルバイト先からよたよたと帰宅後、眠気に勝てず三時間ほど爆睡したときの夢。
現実と同じ仕事先へ忘れ物をしたことに気付き、再び仕事場へ。
更衣室前に女子高生が三人、談笑している。聞けば人手が足りないので急遽助っ人で仕事を頼まれたのだという。
制服に国分寺高等学校と刺繍されいて、二年生になるそうだ。
ちょうど休憩時間なので、とりあえず外に誘うと、そこは線路沿いの広場みたいな場所。
正面に見えるのは山脈とビル群なのだが、これが適当に写真を組み合わせて切り貼りしたような景色で、気付けば遠近感を無視した風景にぐるりと囲まれているのだった。
きゃっきゃっと三人が線路の中まで入り、ふざけてはしゃいでいるのを見て、わたしは危ないよとたしなめる。
しかし、その先ではお弁当を広げて休憩しているひとが居るようだ。
ここが廃線したとは聞いていないが、どうだったかなと考えていると、今度は黄色い声で口々に「富士山見えたぁー」と言うではないか。
半信半疑でその平面的な山々と銀紙を押し付けたみたいなビルの隙間に目をやると、白くちらちらと富士の先端部分が見え隠れする。
ひょっこりひょっこりと。
わたしはその光景に少し狼狽えながら、アレは違うよ多分蜃気楼だよ、と自分に言い聞かせるように声に出してみる。
夜の夢でのはなし 2008.11.
場所は美術館。何かのついでで立ち寄ると、ある展示に気付く。
それはホール中央に設置された立体で、かろうじて分かるフォルムは横たわる女性だろうか。
それは仰向けで床から数十センチ浮いている。近づいてよく見ると、か細い金属の足四本で自立しているのだ。
本体部の表面は半透明のシリコンかワックスで覆われ、水饅頭みたいな質感だ。
透明度のグラデーションで層になっていて一番奥に光源があるのか、うっすら発光している。
表面にほど近い層に無数のピンが打ち込まれていて、生理的な感覚に訴えてくる。不思議な事に気持ち悪さより、漂う穏やかで清潔な空気感がまさる。
ますます惹かれて、例えばこれはミイラかなにかで時を経るごとに何らかの有機物に侵食され続けたのだ。
その結果、外部からの接触を絶つコロニーのように表面を透明な保護膜で包囲され、内部深部はもう元あったものとは全く別物なのだなぁ、とイメージを膨ませてみる。
女性神を想起するタイトルが似合いそうだ。
ようやくここで、どんな人が作っているのだろうと、辺りを見渡す。ローマ字で大きく「KAWANISHI」と表記したポスターがあって、下の名前から女性だと知る。
展示会場を進むと壁面に大型の平面作品が続き、どれも色味を抑えた抽象画で力強い作風が、先ほどのオブジェと噛み合ず、抱いた興味の持っていきように困る。
最期の展示のコーナーには作家のアートワークを記録したドキュメンタリー映画が定期的に上映されている。
近くには美術館関係者が説明しようと手ぐすね引いて待っている。
仕方なしに途中からだった映像を見ていると、KAWANISHIさんは驚いた事に女子高生のような出で立ちとテンションで、楽しげに制作しているではないか。ますます噛み合あわない。
昔の友人にどこか似てるかなぁ、などとぼやっと考えていると、関係者が近づいて来て、今まさに作家本人が来ていると教えてくれる。
びっくりして振り向くとすでに後ろに立っていて、他愛もない会話を少々交わして去って行った。
実際の彼女は、映画の中のように浮ついた感じもなく、知的でわたしなどよりずっと老生した笑い方をする女性だった。
わたしが惹かれたオブジェはディテールまでじっくり観察したので、夢から覚めても良く覚えていた。
再現出来るかも、と考えたがもしも「KAWANISHI」さんが本当にどこかで実在していたらどうしようかしらと、後ろめたい気持ち少々。
夜の夢でのはなし 2008.2.
昔から、何度も繰り返し夢に出てくる場面がいくつかある。
これは、ある町なのだが、けっこう広いので大抵道に迷ってしまう。この日は珍しく、迷わず到着した夢。
ある確かな情報網で、あるイベントに参加するべく住宅地の一軒家を目指す。
以前、別件でこの付近を訪れた事があるので、いつになく焦らず余裕で目的地に到着。
わたしはの持ち物は野菜がてんこ盛りのポリバケツひとつ。
このイベントはレストラン主催の企画で、食材持参がルールなのだ。
オープンの時間が過ぎても準備が押しているようで、スタッフの出入りが激しい。
店先にレストランのウェイトレスらしき人が、待っている客にコーヒーを振る舞っている。
イベント中は特別ブレンドをご用意していますと、通常らしきブレンドを見た事のない器具で鮮やかにサーブしてくれた。
なんだか嬉しい優越感。
はやる気持ちをひとまず押さえ、美味しいコーヒーを飲みながらしばらく待っていると、ようやく開店する。
持っていたバケツは入口で店員に預けたので、手ぶらのまま店内へ入ると、意外にも病院の待合室のような殺風景な内装だ。
椅子もないので、皆リノリウム張りの床にぺたりと座り込み、談笑している。
この時点で初めて気付くのだが、周りの客は皆インド系の堀の深いはっきりした顔立ちの人ばかりで、なんだか落ち着かなくなる。
どこの情報網だっけ・・・と不安もよぎったが、これは相当魅力的なイベントなのだ。
初心者らしく、おとなしく待っていようと自分に言い聞かせる。
料理が運ばれてくるのを待ちわびているが、不思議とお腹は空いていない。
だって夢だから、と目が覚める。
朝の夢でのはなし 2005.4.
実家から久しぶりに母が遊びに来ていて、今日は連れ立って地元を散策しているところ。
勝手知ったこの町をあちこち歩いて説明するわたし。お天気も良いし、上機嫌なのだ。
ふと気付けば、いつもの道添いに見慣れぬ建物が出来ている。以前通った時はこんなものはなかったのにと、なんだか悔しい気持ちになっている。
近づくと、大きな看板に平仮名で「はんどめいど ぷらんぷらん」と書いてある。
何となくエコロジカルな感じはわかる。だが、ぷらんぷらんてインドネシア語だし、何の店だろうとかと、このまま素通り出来ない何かを感じる。
不審そうな母を後目に、先に帰ってもらうようなんとか説得し、ひとり建物へ。
まず、気付く異様な点は、一階部分に入口がないということ。二階建ての構造なのだが、内部への唯一のアプローチは建物屋上部へのスロープのみなのだ。
見上げると、オレンジ色のテントが見えるので、上に何かしらあるのだろう。
しかしとんでもなく急勾配のスロープは、とても車椅子対応などとは考えにくい。なぜスロープにしたのか?
恐る恐る登って行くと、だんだんと通路幅が狭まり勾配も増してきて、もはやよじ登る感じになる。
壁面に助けを求めても、薄板でつないだ華奢な代物で、まったく頼りがなく、いよいよ後戻り出来ないような体勢になってしまう。
みしみしと不穏な音を聞きながら、やっとの思いで屋上にたどり着くと、テントで覆われた屋上空間は一面オレンジ色に染まっていた。
一角には仮設で壁をたてた喫茶コーナーのような場所があり、やはり喫茶店だったのかと少しほっとする。
入口まで行くと、既に数人の先客が一昔前の革張りのソファーに座っていて、何だか純喫茶風なのだが、皆注文を待っている様子はなく、疲れた顔でソファーに沈んでいる。
わたしも急に疲労感におそわれ、思わず間近のソファーに腰掛ける。
ゆっくり見渡すと、有り合わせのしかも微妙に古い家具が雑然と置かれ、どこから聞こえるのか、かすかにラジオ放送がかかっている。FMではなさそうだ。
奥の方にシャワーカーテンの仕切りがあって、隙間から段ボール類が無造作に積み上げられているのが見える。
そこには簡易だが、生活に必要な設備、キッチン、風呂、トイレがあるらしいよと、隣の誰かからの情報だ。
あえて確認しに行く事もないだろう。それで充分な筈だ。
もっと詳しく調べようと立ち上がろうと思えば立ち上がれる。ただ今その必要がない。
ソファーはどんどん体に馴染んでくるし、なぜここに自分が居るのか、何を見つけにここまで来たのか、だんだん思考がぼやけてくる。
そうか。結局の所「はんどめいど」って建物を手作りしちゃったってことなんだ。
結果人に優しくなくなっちゃったんだ。
さぁ、どうやってあのスロープを降りようか。
体は沈み込む一方だけど。